SS的なもの。
その剣は、洞窟の奥深く、小さな泉に浮かぶ岩に突き刺さっていた。ベレリアンドの崩壊を逃れた青の山脈の一角、かつてはドワーフ族の住居のあったその場所は今は住む者とてない廃墟となっている。
ベレリアンドの崩壊、怒りの戦い……それは三千年以上も前の、遥か遠い遠いお伽噺だった。恩寵の地である星の国に暮らし、エルフの友を自称する彼にとってさえ、実感が乏しい伝承の域。
平和な時代に生きてきた彼にとって大陸が沈む程の戦いなど想像もつかなかったし、知らずにいる幸福を噛み締めたことすらなかった。だがそれは以前の話だ。今や彼は文字通り世界の崩壊を体験した。ヌメノールという一つの島が沈むのみならず、平らだった世界が球体に変わる程の。
共に沈んでしまいたかったと、思った事がなかったかと言えば嘘になる。だが彼はアンドゥーニエ領主を継いだ者として、息子達の親として、何よりも歴史の生き証人として、命長らえる義務があった。
この地に腰を落ち着け新たな国を築くために……彼は方々を旅し、出来得る限り自身の目で見て、その地の様子を心に刻みつけた。エリアドールの東へ、西へ、老体に鞭打ち彼は歩いた。西の端である青の山脈にも。
そして、その剣を見付けた。
ベレリアンドの水没にも、この度の世界変革にも、青の山脈のこの場所は持ち堪えたのだ。二度の世界崩壊を経て、なおも静謐なる岩肌に、エレンディルは言い知れぬ感慨を覚える。
何故その剣がそこにあるのか、いつからそこにあるのか、彼には知る由もなかった。だがその刃の輝きは美しかった。もう長い事、誰も住んでいない筈の場所で、埃を被ってなおも美しい刀身。
近付いて目を凝らせば、その刀身にはエルフの楔文字が刻まれていたが、残念ながら暗い洞窟の中、松明の光のみでは読むに不自由した。果たしてこの剣を外の光の下に持ち出す事は叶うのだろうか?静かにそこに佇む、岩に刺さった長剣。
その名も来歴も知らなかったが、エレンディルは何故か、その剣に強く心惹かれた。おそらくは、どこか彼自身に似ているものを感じたからだ。
水と時間に沈んだ、遠い世界の残滓……。
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