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アガートラーム

指輪物語(ホビットの冒険、シルマリルの物語)とその世界、人物についての萌え語りブログです。原作や映画の感想の他、二次創作的妄想な話題を含む予定。

リンドン主従

ギル=ガラドとエルロンドの二人は個人的にリンドン主従と呼んでしまうのですが、実際には主従というよりも上司部下というか先輩後輩というか、とにかくもっと可変的で対等な関係っぽいイメージ。
あくまで個人的な妄想なのですが、この二人はどちらも名前に銀のつく人に夢中だよ!というイメージで。第二紀のエルロンドはエレギオンを巡るギル=ガラドの政策に対して、不満に思っていた部分もあるんじゃないかなーと思っています。だって本来上級王の立場ならばリンドンからサウロンを締め出すだけでなく、エレギオンについても命令し言い聞かせる事が出来た筈ですから。でも彼はそうしなかった。その結果力の指輪が作られ、第三紀まで続く指輪戦争の発端となる訳です。ギル=ガラドはケレブリンボールを止められた筈なのに、そうしなかった。それは何故でしょう。政治的判断かもしれないし、惚れた弱みもあったのかもしれない。でもエルロンドとしてはそういう上級王の判断に苛立つ事もあったかもしれないと思っています。エルロンドはフェアノールの息子の上二人に育てられたけれど、その時にはエルロンドはまだ幼く、彼らが罪を犯すに至った背景を詳細に理解していたとは考えにくいのです。そしてケレブリンボールの複雑な立場と、それに対するギル=ガラドの感情も。第二紀のエルロンドは未だ若く、正しい事をただそのままに成せばいいと、そう考えていたのではないかなと思います。いや妄想なのですが。
エルロンドはケレブリンボールとは疎遠かなーと思うのは、指輪物語のエルロンドの会議での名前の出し方がそっけないからでもありますが(でも他の登場人物に対してもそうかも)。マグロールに育てられたエルロンドはその親族であるケレブリンボールに対し微妙な心情を抱いていたのかもしれない。エレギオン包囲戦の時にエルロンドは現地司令官として派遣された訳ですが、内心では「見捨てればいいのに」くらいに思っていたのでは。
でもそんなエルロンドも第三紀になりケレブリアンと結婚し、そして彼女が傷を負い西に渡ることになりかつての上級王の気持ちが理解できるようになったのではないかと考えています。勿論ケレブリアンとケレブリンボールとでは全く状況が異なりますが。愛する者を救えなかったという気持ち。他者から賢者と讃えられようとも、常に最良の選択肢を選べる訳ではないという事実。
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ディーアハヴェルについて

そういえば、漫画を描いた割にはあらためて語っていなかったような。
ナルン・イ・ヒーン・フーリンの作者、ハドル族の詩人ディーアハヴェル(Dírhavel、Dírhaval)について。
気になるんですよねーこの人。HoME11巻の311~315Pによれば、ベレリアンドのエルフや人間、あらゆる場所から来る情報を集めナルン・イ・ヒーン・フーリンを作り上げたらしい。そしてシリオンでの、フェアノールの息子達による襲撃によって命を落とします。彼の作った物語はエルフからも高く評価され、後のヌメノールにも伝わったらしいとか。
個人的に、何故この人が気になるかと言えば、その情熱は一体何処からきたのだろうかという疑問からです。だって第一紀終盤のベレリアンドと言えば、エダインもエルフも定住の地を失い生き延びるのにすら苦労していただろう時代です。シリオンの港でのエアレンディルの統治時代は多少落ち着いてはいたでしょうが、それでも人に寿命がある事を考えれば生存に直接関係のない事にここまで熱心になれるだろうか、と。
ディーアハヴェルは様々な人達に取材し情報を収集したという。これはベレンやトゥオル、エアレンディルに関する英雄譚とはまた違っているように思えます。事実をなるべく正確に、偏らないように残そうという姿勢がそこにはあったのではないでしょうか。ディーアハヴェルが取材した中にネルラス(トゥーリンと面識がありながら死亡が確認されていない数少ない人物)もいればいいのにな、と思います。
何故彼がこんなに熱心だったかという一つの仮説として、私はディーアハヴェルもまた(フーリンと同様に)妻子を失っているのではないかと想像しました。家族がいた場合生存に不可欠な事柄に時間を割いていたのではないかと思うからです。フーリンの子らの物語はトゥーリンの死では終わらずフーリンが身を投げるまで続き、さらには息子達を失ったミームというドワーフも登場します。ここに何らかの、(出来事そのものは事実であっても)ディーアハヴェル自身の心情が反映されてはいないかと思うのです。
シルマリルリオンに含まれる、四人の英雄の物語。トゥーリン以外の三人はベレン・トゥオル・エアレンディルでしょう。この三者はエルロスとエルロンドを通してヌメノール王家やアンドゥーニエ領主家、テルコンタール朝に繋がる。どうにもトゥーリンだけが異質です。
ナルン・イ・ヒーン・フーリンは敗者の物語です。トゥーリンは巨竜グラウルングを倒し、伝承によればやがてモルゴスを倒すとすら言われているけれど、それでも彼の人生は悲運のうちに幕を閉じました。フーリン・モルウェン・ラライス・ニエノールについても同様。何らかの救いはあったとしても、やはり悲しい物語です。このような異質な物語が何故好まれ語り継がれたのか。それはやはり人々が、ベレンやトゥオルのような華々しい英雄の活躍の影に忘れ去れた名もなき人々が、共感する要素があったからではないかと思うのですが。
ディーアハヴェルとペンゴロズには交流があったようですが、個人的には親友と呼べるほどではなくある程度距離を置いた付き合いだったイメージですねー。ペンゴロズはどちらかというと体制側の人というイメージですから。名もなき者達に寄り添うディーアハヴェルの方としては、立場の違いを認識していたのではないかと。

何故私はトーリン・オーケンシールドが好きなのか

トールキン Advent Calendar 2016の25日の記事です。

そういえばあらためて語っていなかったような気がします。何故私はトーリン二世……トーリン・オーケンシールドが好きなのか。
原作『ホビットの冒険』でトーリンが最初に登場するのはビルボの家の玄関先でビフール・ボフール・ボンブールの下敷きになって現れる場面です。ビルボが勢いよくドアを開けたせいで、四人は重なり合って倒れて家に入る事になってしまったのです。トーリンは大変お高くとまるたちなので「ごべっこんに」と言わないとされていますが、そのトーリンをして、ビルボがあまりに何度も謝るので根負けして許してしまうのです。なにこれ可愛い。
こう言っては失礼なのかもしれないけれど、このドワーフの長が物凄く可愛いと思ったのです。頑固でお高くとまる質なのに下敷きになって登場するトーリン可愛い……
そして銀の房のついた青空色の頭巾という、何とも素敵なヴィジュアルイメージ。奏でる楽器は金のハープ。この美しさが目に浮かぶようで、トーリンというドワーフが一気に好きになりました。トーリンのハープが主旋律となって、歌われるはなれ山の歌。登場シーンはユーモラスで可愛いながらも、神話の英雄のようなシリアスさも持つトーリン素敵。旅に出る時にはハムに卵を六つ落とすのが好きって……可愛い。樽に入って闇の森を脱出した後で樽から出てびしょ濡れの犬みたいになっているトーリンも、可哀相なんだけど可愛い……。本当に、色々な場面のトーリンがいちいち可愛いのです。
もしかしたら、このトーリンの可愛さというのは瀬田貞二氏による邦訳による所が大きいのかもしれません。原文の英語だとトーリンはもっと高慢で鼻持ちならない印象を受けるという話も聞きますし。ともあれ私はトーリン・オーケンシールドの、この何とも可愛げのあるかっこよさに夢中になったのでした。けっして完璧じゃないし頑固で気難しくてごうつくばりでどうしようもない老人なのですが、でもそこが良いのです。何とも愛着が沸きます。
トーリンは戦いでも割と活躍します。弓の腕も確かです。旅の途中トロルに出会った場面でも大枝を手にトロルに立ち向かいます。トーリンがトロルの岩屋で入手するのがエルフの剣オルクリストというのがまた。
トーリンは仲間想いです。トロルに捕まった仲間を取り戻そうと果敢に戦いました。はなれ山に辿り着いてスマウグが襲ってきた時、ボンブールとボフールがはぐれた時にもトーリンは彼らを絶対に見捨てようとしませんでした。甥であるフィーリとキーリについても特別扱いはしないながらも大切に思っているのが見て取れます。その二人が自分を庇って死んでしまってどれほど辛かったことか。
トーリンは最後、オルクリストではなく斧を持って戦いました。しかし葬儀の際にバルドがアーケン石を、エルフ王(スランドゥイル)がオルクリストをトーリンに捧げるのです。この場面は本当に美しく、悲しくも荘厳で忘れられないと思いました。墓所に差し込む光が目に見えるかのよう。
児童書らしいユーモラスさと神話の英雄のような悲愴な強さ美しさ、それらを併せ持ったトーリン・オーケンシールドに惹かれるのです。
それから追補編。『ホビットの冒険』の背後にあった出来事が語られます。オーケンシールド(樫の盾)の名の由来が語られ、アザヌルビザールでの戦いではダインだけでなくトーリンも勇敢に戦ったことが分かります。ダイン二世とトーリン二世、直接の会話シーンはありませんでしたがこの二人の若いドワーフ王族の間に友情が生まれていた可能性もありますね。戦いが終わりこれからどうするかとの父スラインの問いに「鉄床に」と答えたトーリン。その後青の山脈にてドワーフ達は徐々に増え、生活は落ち着いて来ます。青の山脈で一族郎党の暮らしを立て直し、自活して落ち着いた生活を営むに至るだけの才があった事がうかがえます。戦士としてだけでなく職人や商人としての側面。「かれは喜んでエリアドールに腰を落ち着けているかに見えた」という一文からは、トーリンには果敢な戦時の指導者としての面だけでなく身近な生活の安定を重んじる平時の指導者としての素養もあったことが分かります。
ホビットの冒険の背景は終わらざりし物語の中の『エレボールの遠征』でも描かれていますね。本当にトーリンはのっぴきならない立場に立たされていたのがよく分かるというか何というか。

映画のトーリンは、実はヴィジュアル的な意味で物凄くイメージ通りでした。原作のホビットの冒険を読んだ時にトーリンには、エルフや人間の基準でも通じる美ドワーフというイメージがずーっとあったので。銀の房のついた空色の頭巾、エルフの剣を揮う、彼の掛け声で同族のみならず闇の森や湖の町の人間達が後に続く……これらの場面を考えるにトーリンはやはり姿形も美しくなければ、と思ったので。ある意味ではドワーフらしからぬ、異形の(反対にダイン二世はドワーフらしい偉丈夫だが中身は割と柔軟なイメージ)。トーリン二世は痛々しいくらいに美しかったんだと思うんですよ。リチャード・アーミティッジさんのトーリンは実に理想的でした。イメージ通り。
特に映画一作目のトーリンは仲間を大切にする頼りがいあるリーダーでそれでいて頭の固い頑固なところもあるという理想的なトーリン像でした。ビルボに対する信頼の芽生えも、トーリンの魅力をよーく表していました。迷子属性というのもまた、原作のトーリンの可愛さを別の方法で表しているようで。
アニメ版は基本的には原作と変わりませんがところどころ違いがあり、終盤では原作のダインの代わりにトーリンがバルドやエルフ王と連合を組み、ゴブリン軍と対峙します。

ところでトーリンに仲間の12人を加えたドワーフ一行は13人です。ビルボを入れて14人、ガンダルフを入れると15人。トールキンは中つ国を描く上でキリスト教の影響を避けているようですが13という数字が不吉という観念はあるようですね。と、調べてみると13が不吉な数字だというのは必ずしもキリスト教由来ではなく諸説あるらしいとか。暦法や方位に使われる12に1加えたアンバランスな数字だから13は不吉という説もあるようなので、それならば中つ国でも同じ感覚があってもおかしくないのかも。
作中直接キリスト教を描く事は避けているようですが、トーリン・オーケンシールドと12人のドワーフという構成はイエス・キリストと十二使徒を連想させられますね(この十二使徒というのも確定した呼び方ではないようですがそれはそれとして)。

Tolkien Writing Day(http://bagend.me/writing-day/)に参加しました。

第一紀終盤のケレブリンボールの針の莚生活

ケレブリンボールに関しては普段は落ち着いているけれど好きな気持ちはいつも頭の何処かにあって、それが時折抑えきれなくなって堪らなくなるのです。
なので、同じ事を何度も書いているような気がしますが自分の気持ちを落ち着かせるためにやはりまた書いてしまいます。

返す返すも第一紀終盤のケレブリンボールは針の莚ですよねー……。本当に、考えるだに心が痛いです。
第一紀末のケレブリンボールはおそらく、最終的には他のエルフの生存者達と同様難民としてシリオンの河口にいたと思われます。そこでもきっと他のエルフ達からは冷たい目で見られていたんだろうなと。特にドリアスの生存者の中には襲撃者としてのクルフィンを直接見た者もいたでしょうし。ますます立場は厳しい。ケレブリンボールの見た目はクルフィン・フェアノールに瓜二つで想像していますので、そうするとそれこそ見ただけで避けられる憂き目に遭っていたんじゃないかなと言う。
せっかく父と袂を分かって正しき道を進んだ筈なのに、なんでフェアノールの孫がこんな所にいるんだあっち行けとか言われちゃうんですよきっと。
特に生き地獄だったろうと思われるのはシリオンでの、第三の同族殺しの際です。この時にはもうケレブリンボールの父クルフィンは死んでいてこの世にいないのですが、それでもフェアノール家による最後の、そして最も悲惨だと語られる同族殺害のその衝撃は、ケレブリンボールにとってはきっととても大きなものだったのだろうと思っています。いっそ、その時に死んでしまいたいくらいだったに違いないと。
考えれば考える程本当に可哀相で、でもそこが好き。どう考えても針の莚だよー、辛いよ、悲しいよー。同族から虐げられるケレブリンボールって、可哀相だけど実に好きです。普通に受け入れられるのはどうにも違和感が。こんなにこんなに大好きなのに、幸せな様子が思い描けないのは何故なのか……同族から虐げられていないケレブリンボールなんてケレブリンボールじゃないと思ってしまうのは。
ナルゴスロンドで父と袂を分かってからのケレブリンボールは本当に不幸のどん底続きだったと思います。第二紀のリンドンでは少しは落ち着いたかもしれませんがそこにも真の平安はなかったと。
ケレブリンボールにはクルフィンの息子設定の他にゴンドリンの職人設定やダイロンの子孫設定もありますが、いっそのことそれらを全部まとめてみても面白いかもと思いました。ダイロンの子孫だった場合ドリアスにいた可能性が高く、クルフィンの息子設定の場合ナルゴスロンドにいたのは確定なので。そうするとナルゴスロンド、ドリアス、ゴンドリンというベレリアンドのエルフ三大都市に全て滞在していた可能性も生まれますね。面白いかもしれない(ナルゴスロンドとゴンドリンだけならともかくドリアスはさすがに無茶だとは思いますが)。
ナルゴスロンド→ドリアス→ゴンドリンと移動していたら面白いなと思います。ドリアスを去ったのはフェアノール家による襲撃よりは前かなー。有り得るとしたらシンゴルの死の前後でしょうか、ドワーフとの争うことに耐えられずその地を去ったとか。

第一紀終盤の年表を辿ってみると、ケレゴルムとクルフィンがナルゴスロンドを追放されたのが468年(この時にケレブリンボールはナルゴスロンドに残る)。ベレリアンド第五の合戦であるニアナイス・アルノイディアドが473年(ナルゴスロンドからはグウィンドールら僅かな者のみが参戦)。トゥムハラドの戦いとナルゴスロンドの滅亡が495年。フーリンがドリアスにナウグラミーアを持って行ったのが500年。シンゴルがノグロドのドワーフに殺されたのが502年。フェアノール家による襲撃でドリアスが完全に滅亡したのが505年。ゴンドリンの陥落が510年。ナルゴスロンドの滅亡からシンゴルの死の間に何年かありますね。効率よく移動すれば父や伯父達と鉢合わせすることなくナルゴスロンド→ドリアス→ゴンドリンの移動は可能……かも?

アイグノールとアンドレスについて

HoME10に載っている、『ATHRABETH FINROD AH ANDRETH』の中で言及されている、人間の女性アンドレスとフィンロドの弟アイグノールの恋物語。
作中ではエルフ女性と人間の男性のカップルは沢山でてきますが逆はこの一例しかないのですごーく貴重です。フィンロドがベレンとルーシエンのために尽力したのは弟アイグノールの結ばれない恋の件への思い入れもあっての事だったようですので、もしかしたらアイグノールとアンドレスが結ばれていれば中つ国のその後の歴史も色々と変わってきたのかもしれない。
数少ないエルフ男性×人間女性のカップルですし是非描きたい!と思っていたのですがなかなかイメージが固まらず。
アンドレスは賢く、人間の伝承によく通じた女性で、エルダールからもSaelindすなわちWise-heartと呼ばれていたそうです。アンドレスはベオル家の女性で父祖ベオルの玄孫にあたります。アンドレスのきょうだいのブレゴールの息子が隻手ベレンの父バラヒア。つまりアンドレスはベレンからみたら大おばという事になりますね。ここの家系図ではベオル家とハドル家との姻戚関係についても言及され、ハドル・ローリンドルの姉(または妹)アダネルが、父祖ベオルの次男ベレンの孫ブレミアと結婚しています。このアダネルもまた賢者と目された女性であり、アンドレスは幼少時にブレミアの家に住み、アダネルからマラハ族とベオル族の伝承について学びました。
フィンロドはよくアンドレスの元を訪れ、彼女から得られる知識を重要なものと考えていたらしいとか。つまりアンドレスは相当に賢く、しっかりした好奇心と向学心に溢れる女性だったと考えられる訳ですね。そうするとそういう女性を選んだアイグノールの人物像もおのずと定まってくるような。
フィンロドによればアイグノールは彼女への愛を貫き、もはや如何なる同族の女性の手を取る事もないだろうと。そうして後に彼はベレリアンド第四の会戦ダゴール・ブラゴルラハにて命尽きるのです。結ばれなかったただ一度の恋に殉じ、エルダールにしてはあまりにも短いその命を燃やし尽くした生き様という事になるのでしょうか。
ブラゴルラハではハドル・ローリンドルも、アンドレスの甥バラヒアも討死していますが、女性陣はバラヒアの妻エメルディアに率いられて避難したりしていますから、アンドレスもこの段階ではまだ生き延びた可能性が高いと思われるのですが、「おそらくこの時に亡くなっただろう」と書かれていますね。アイグノールの戦死の報を聞いて避難を諦めた……というような形なのでしょうか。
アイグノールはフィナルフィンの息子達の中で言うと一番年下、妹のガラドリエルを除けばほぼ末っ子といってもいいような立場。兄達からは結構可愛がられていたのかもしれないですね。HoME12の『The Shibboleth of Fëanor 』によれば、アイグノールの名前は父名がAmbaráto(シンダリンにするとAmrod)、母名が(Fell Fireを意味する)Aicanárであり、彼自身は似た名前のアングロドと区別する意味もあってか、父名よりも母名の方で呼ばれるのを好んだらしいとか。この母名は予言的な命名であり、彼は非常に勇敢でその目は戦いに際しては怒りで炎のように燃えていた。そして彼の髪は他のきょうだい達同様に金色であったが硬い髪質であり(?)、まるで炎のように立ち上がっていたらしいとか……どんな髪形だったのでしょう?
こういった記述を見るとアイグノールは割と熱血というか真っ直ぐなタイプで、どちらかというと素直で子供っぽい感じかなーと思いました。そしてわざわざアングロドと区別するために母名を好んだという辺り、すぐ上の兄アングロドとはワンセットな感じで仲良しだったのかも?と。
(フィナルフィンは妻の一族の言葉であるテレリ語を好み、フィンロドとアングロドの父名もテレリ語で付けたらしいです。)
きょうだいの中でも末っ子に近くて割と素直な真っ直ぐキャラのアイグノール。賢者のアンドレス。こう考えていくと、何となく二人の人物像や関係性が固まってくるような。アイグノールの方が子供っぽくて、アンドレスの方がしっかりしてたらいいなぁ。
そして考えてみるとアイグノールとアンドレス、そしてアングロドは、映画版ホビットのキーリとタウリエルとフィーリを連想させるかもしれない。アイグノールはキーリ要素(異種族に恋するが伯父に仕えて戦って死ぬ)とタウリエル要素(不死のエルフ)が混ざった感じかな。アングロドとアイグノールのセットになってる感がフィーリとキーリっぽいし。自分の中では何となくそんな感じでイメージしています。
アイグノールの記述は少ないけれど、同族の美女を選び放題の立場にも関わらず人間の女性を選んだって時点で絶対に凄く良い人ですよ!!

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